« 北朝鮮は六カ国共同宣言を守るか | トップページ | 本日休養 »

2007年2月15日 (木)

野菊のごとき君なりき 初代民子

Nogikugotoki01 タマゴ型のスクリーン画面の中に民さん(有田紀子)が妙に似合った人だった。正夫より一つか二つ年上の従姉の民さんが、家の手伝いに来て、すっかり正夫と仲良くなってしまう。

昔は、女の子も、男の子も好きとなると、一途だっただろうね。民さんが嫁に行き、肺病で死ぬとき、思い出の品を握ったまま逝ってしまう。木下監督の作品は胸の奥がキュンとする情緒を引き出す。高校生の私は、胸にキュンと来て食事が喉をとおらない気持ちであった

読み始めたら、ここで木戸銭と思ってクリックしてね!
   ↓   ↓
人気blogランキングへ nozawa22ブログ順位がわかる

初代は昭和30年有田紀子、昭和41年安田道代、昭和56年民子役は松田聖子.

  初代民さん役をやった有田紀子さん、すれてないいい感じの子で、他で出ている作品が目だっていないから、ファンの心理として、理想像を膨らましてしまう

Nogikugotoki02 それから、数十年たって、彼女を探し出して、あの人は今を載せた新聞がある。今は、と言っても、昭和60年であるが、小森紀子(東証一部上場企業の社長夫人)である。オフセット印刷機の小森印刷機械写真、45歳 それから20数年

学習院に在学中の出演で、学習院は映画出演は在学中は認めないので、退学を余儀なくされ、転校して映画に出た。

その後、木下作品で「夕焼け雲」「太陽とバラ」などに出た。学校は、早稲田の文学部演劇科を出た。

「今でも鮮明に覚えています。あの頃は学校に通いながら女優をやって、二足のワラジでがっばっていましたから、“本当に生きている”って感じでしたね。なにしろ、あれから30年ですからね。」

これは、「野菊のごとき君なりき」再放送が決まって、そこで「民さん」にインタビューをした記事である。私も再放送を見た覚えがあるが、子供をあやしながら見るのでは、高校生が始めて見る印象とでは、印象がまるで違う。やはり、十代に見た印象は強烈に残っている。

高校2年の夏休み8月18日、昔の芝居小屋を椅子席にした旭座で見た。「映画館は満員だった。やっと帰ってきたから、日記を書いている。涙がポロポロこぼれて、止まらなかった。そうして、ようやく興奮が収まってきた」と書いて、感想を書いている。

20100625110754 「民子が結婚した」「民子が死んじゃったぞ」と言う画面を思い出して、民子の有田紀子が楕円形の画面のなかで、きれいに見えた。死ぬときは、民子は正夫からの手紙を赤い絹布で包んで胸の当てて死ぬ。

若い人の心をがっちり掴んで、小憎らしいほど木下監督はうまい演出している。今は、このような感動は、私にはもう得られない。青春は二度と戻ってこないことの証拠である。映画自身もそういう感動作は作りにくい時代である。

「野菊の“墓”」をタイトルに出来ないから、映画は『野菊の如き君なりき』と題名とした変えた。
その理由になったのは、下の映画シーン、15歳の政夫と17歳の民子が山畑へ綿採りへの途上での可憐な会話からと言われている。

政夫: 「民さんはそんなに戻ってきないッたって僕が行くものを……」
民子:「まア政夫さんは何をしていたの。私びッくりして…… まア綺麗な野菊、政夫さん、私に半分おくれッたら、私ほんとうに野菊が好き」
政夫: 「僕はもとから野菊がだい好き。民さんも野菊が好き……」
民子: 「私なんでも野菊の生れ返りよ。野菊の花を見ると身振いの出るほど好(この)もしいの。どうしてこんなかと、自分でも思う位」
政夫: 「民さんはそんなに野菊が好き……道理でどうやら民さんは野菊のような人だ」
   民子は分けてやった半分の野菊を顔に押しあてて嬉しがった。二人は歩きだす。
民子: 「政夫さん……私野菊の様だってどうしてですか」
政夫: 「さアどうしてということはないけど、民さんは何がなし野菊の様な風だからさ」
民子: 「それで政夫さんは野菊が好きだって……」
政夫: 「僕大好きさ」
http://d.hatena.ne.jp/tougyou/20050814

有田紀子プロフィール

本名=小森紀子(旧姓・有田) 生年月日=1940年2月11日 出身地=東京市中野区 初出演作=「野菊の如き君なりき」('55 木下恵介)

 早稲田大卒。学習院女子中等科在学中、女優にあこがれ、木下恵介監督に手紙を書いたことがきっかけで「野菊の如き君なりき」のたみ役に抜擢された。清純な容姿と強い意志を感じさせる瞳が特徴的。他の出演作に「太陽とバラ」('56 木下恵介)、「でんでん虫の歌」('58 木村荘十二)など。'64年に結婚して引退した

最後まで読んだついでにクリックにも協力してね!
   ↓   ↓

人気blogランキングへ  nozawa22ブログ順位がわかる

ポチッとよろしく!

|

« 北朝鮮は六カ国共同宣言を守るか | トップページ | 本日休養 »

コメント

原作では、矢切の渡し辺りが舞台ですが、ここはあまり絵にならないので、ロケ地は信濃川ときいています。
雄大かつモノクロなのに恐ろしいほどに景観の色彩(!)を感じさせられて、民さん役の有田様の凛として清楚な感じが輝いていました。特に花嫁行列の場面など昨今の映画にはないような何か、です。所々に挿入された短歌も素敵。原作を見事に脚色していました。それにしても昭和30年の日本はまだまだ美しいと感歎しました。
私はどうも、この作品とジョン・ゴールズワージの「林檎の樹」を脚色映画化した「サマーストーリー」(1987英国)を比べてしまいます。全く独善ですが何故かしら…。
支離滅裂お赦しください。

投稿: MARINE KONG | 2009年8月28日 (金) 21時09分

「野菊のごとき君なりき」再放送が決まって、そこで「民さん」にインタビューをした記事でですね。私も再放送を見た覚えがある。しかし、子供をあやしながら見るのと高校生が始めて見る印象とでは、印象がまるで違う。やはり、十代に見た印象は強烈に残っている。

管理人より
 そうでしょう。若い時代の印象は強いですね。いい加減人生経験したのちの印象はまるで違いました。若さは、何にも代えがたいと思う。

投稿: 民子ファン | 2011年6月17日 (金) 14時12分

building彼女は私の学生時代の最初の思い出です。W大哲学科1年次に同年同学部の彼女と同じ大教室で社会学の講義を聞いた。私はいつも彼女の後ろの席を目当てに座った。彼女の隣をいつも2人の女子学生がガードしているように見えた。高校生のとき「野菊の如き君なりき」を見て感動した映画だった。後年、この小説はドイツ文学のシュトルム『イムメンゼー』の影響下で伊藤左千夫が書いたものと知った。・・・その後、有田さんをテレビドラマで拝見したことがあったが、豊かな体型だった。お元気であることを祈りまする

投稿: K.Y. | 2012年8月25日 (土) 22時23分

先日、松戸街道散歩中に「野菊の墓」を知り、WEB上を色々検索し見ました。
今の世の中ではとても考えられませんが、感動しましたね。
感動しすぎて頭の中から離れません。

投稿: 数多平凡 | 2015年8月20日 (木) 15時29分

75になったら、そろそろ死に時なんですな~
野菊のごとき君なき機だったんだ。
探していたのは。
丸い輪になって、笠智衆が船に乗って改装にふける
シーンの映画が見たかったんだ。
アマゾンでDVDを見つけたけど6000円は高い!
無料で見たいものだ!!

投稿: 年取ったな | 2017年6月28日 (水) 02時05分

映画はいい。この映画は特にいい。良いものは永遠です。

投稿: カワ | 2017年11月 2日 (木) 16時29分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 北朝鮮は六カ国共同宣言を守るか | トップページ | 本日休養 »