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2007年1月20日 (土)

風見しんご 親の悲しみ

P0360_01 2007年1月17日、当時10歳で小学5年生、風見しんごの長女が通学途中、自動車にはねられ、病院に送られたが死亡したというニュースは、昨日から流されているから、ほとんどの人が知っている。

朝、「行ってきます」と自宅を出て、100メートルあるか、ないかの横断歩道でトラックにひかれ、ほとんど即死状態だった。風見しんご夫妻が家からつっかけで飛び出して、子供の名前「えみる!えみる!」と叫び続けていた、と聞いた。さもあらん、と同情を禁じえなかった。ニュースを聞いて、夫妻の「えみる!」と叫んでいる声が耳に響いてくる気さえする。

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Pettp00701200014  タレント風見しんご(本名大下義博さん=44)の長女で、交通事故で17日に10歳で亡くなったえみるさんの通夜が19日、東京・世田谷区の公益社用賀会館でしめやかに営まれた。風見は事故以来初めて取材陣に応対し「まだまだ愛情を注ぎたかった。悔しい」と何度も涙をぬぐった。来月2日に明治座(東京・浜町)で始まる舞台については「えみるが見たがっていた」と、悲しみを振り切って出演する。涙の長女通夜…続きを読む

通行人も、通りかかった車も止まって、車の下敷きになった子を助けるため、トラックを持ち上げて、20、30分後にようやく救い出した。救急車で搬送した病院で1時間後に死亡が確認された。風見しんごは、病院の廊下に伏せて泣いていたという。気の毒で言葉がない。

何が悲しいかって、わが子を失う悲しみに勝るものはない。可愛い盛りに失うほどの深い悲しみは、他にないだろう。わが子が一番の「私のファン」だった。次の公演は、えみるは見に行きたいと言っていた、と記者会見で言っていた。父親である彼は、えみるが10歳になったから、一緒にダイビングをやるのが楽しみだ。20歳になったら一緒に飲みたい、と子煩悩ぶりを語っていた。

彼の人柄も、多くの人に支持されていた。彼が「欽ドン」で欽ちゃんに見出されて、「良い子悪い子普通の子」でコントで出始めた頃から知っているから、身近な存在のタレントだった。今様のお笑いタレントの奇抜さはなかったが、茶の間に入ってきても、拒否反応のないタレントだった。

わが子が結婚して、「お父さん、ありがとう」という感謝作文だけでも、風見しんごは涙が流れてしまうような人なのに、娘との永久に別れを受け入れないなければならないとなると、しばらくは立ち上がれないだろう。

わが子の可愛さは、なかなか表現できないが、娘が少し大きくなって世話焼きをしてくれるようになると、益々可愛くなってくる。小学校入るくらいの年齢になって、たまたま娘を連れて上野動物園に連れていって昼食時間になって焼きそばか、何か買ってきたら、かいがいしく、やったこともない子が突然母親代わりにセッティング始めた。

娘の成長を目にして、とても嬉しかった記憶がある。その娘も麟太郎の母親になって、無事成長しているが、無事成長することの難しさがあるものだ。風見しんごは親として、彼女の成人式も迎えさせることもできなかったのは、悲しいことだ。

師匠の欽ちゃん(萩本 欽一)がきて、風見しんごの手を握って「がまんしなくていいよ、なきたいだけ泣きなさい」と、彼に語ったという。いいせりふだね。こう思ってもなかなか、言えるものではない。師匠だからこそだろう。

人はいつかは死ぬ。しかし、10歳の交通事故死とは、あまりにも残酷だ。彼、風見しんご、これを機に、子供の交通安全に何か活動してくれたら、娘の死がムダにならない。交通安全の少女像を建ててあげたいね。

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