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2007年1月24日 (水)

オーマイニュース12月月間賞候補

00001_17 オーマイニュースの中で、12月作品でノミネートされている記事を読んでいたら、心打つものがあった。

日本社会は、こんなものか、と思わせる記事である。待てよ、会社経営するには、こうした下積みで労働をしなければ、成り立たない現実もあるが、それは、どうすればいいのだろう。

そのタイトルは「私が現実に体験している「格差社会」だ。記事は、クリックして読んでください。

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この人の書いている内容に論及しているコメントがいくつかあるが、概して、現状肯定的な意見で冷淡な人が多い。

現在、コメントを書いている人がその状況に陥った場合、同じことが言えるのか。曰く、努力せよ、現実を知らない、満足せよ、等々の意見で、他人事のようだ。

日本社会全体の雰囲気か、特に若い人の意見は、負け組に対しては、優しさがない。救いの手を出す必要はない、と思っているのか、と思ってしまう。彼らの言う論理は立派だが、冷たさが感じられる。そこで、代表的なコメントを拾ってみた。

ポイントは3点 2006-12-26 13:57:26
・「大手の製造工場なので、前の会社のように倒れる心配はない」と考えていたこと
>今は倒れる時代です。10年前の判断基準は通用しない
・「契約社員は人員削減の対象にならない」という言葉を「契約社員は解雇されない」と考えていたこと
>解雇されないのは契約期間中だけであり、契約更新時に契約打ち切りはありうる
・年収200万円前後にも関わらず転職を考えなかったこと
>年収200万円ということは、つまりその程度の仕事ということ。
 自分が納得するかどうかに関係なく、その程度の仕事であれば、
 海外まで視野に入る昨今、代わりはいくらでもいる

そして最大の間違いは、自助努力の足りなさを国のせいにしていること。
上記は、あなたの判断力の無さ・技術力の無さ・向上心の無さに由来しています。
もし「好きだからやっている」のならその結果は甘んじて受け入れるべきです。

格差はあってしかるべきもの。
努力する人としない人が等しく受け取れないことは格差ではなく区別。
努力に見合う対価が不十分となる法的な制度があったら、
そのとき初めて、その責任は政府の問題となります。
それが嫌なら、全員が平等であるはずの理想郷・北朝鮮にでも行けばいい。
努力しようがしまいが、等しく皆貧しい、「格差のない社会」が待ってます。

この記事で扱われているのは製造業で、それについては問題の所在はかなりはっきりしていると思います。2006-12-26 11:38:41
>中国やマレーシアに生産をどんどん取られ、真面目に作業をしても報われない状況は全く変わりなく、つまり、国際競争の激化と、生産のグローバル化によって、生産はコストの安いところに流れてゆく。日本の場合、当然、国内の生産コストは高いわけで、生産は海外にどんどん移ってゆく。同じ海外でも、よりコストの安いほうに移る現象も見られ、かつて韓国に工場をつくった多くの日本企業は撤退しています。そして、国内の生産を続けようとすれば、賃金は多く払えない。賃金を上げれば、製品価格が上昇し、国際競争力を失うわけですから。

といっても、非正規雇用が安易に利用され、その影響をまともに受けた就職氷河期世代の人々が、今も苦しい生活から抜け出せないことを否定するつもりはありません。そうした人が転職しやすくするための支援や、ほかの分野で雇用を創出する努力を、もっと政府はやるべきだと思います。しかし、製造業についていえば、それが置かれた国際環境を変えない限り、根本的な解決はありえず、それについて日本政府ができることはごく限られてますよ。

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 私の投書 オーマイニュース2Chに対抗 12月月間賞候補作品 「1月月間市民記者賞」ノミネートされる  

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