« 久米宏から日本人へ | トップページ | 紅白06 秋山雅史/夏川りみがよかった »

2006年12月31日 (日)

大晦日 昭和20年代のごちそう 

大晦日は、昔「歳とり」と呼んだが、今も言うだろうか。数え歳なら「歳とり」と呼ぶだろうが、満年齢でしか言わなくなったから、大晦日の行事は単にお食事会か。

Burinoteriyaki3ぶりの照り焼き  私が小学生のとき、家業の恵那精麦会社が一番盛んで景気がよかったので、祖父母を招待して、膳を並べた。上の兄弟二人は結婚したり、東京にいていなかったが、兄弟5人と両親、祖父母が集まってきた。料理もぶりの照り焼き、茶碗蒸、煮物、朝から台所が忙しそうだった。手間がかかって大変だったのだろう。これは毎年やってもらえると思っていたら、その年だけで、翌年はすき焼きだった。

読み始めたら、ここで木戸銭と思ってクリックしてね!
   ↓   ↓
人気blogランキングへ   nozawa22ブログ順位がわかる

1938525_1茶碗蒸 最近は、出来合いの茶碗蒸が多いが、自家製のものが一番いい。  ぶりの照り焼きをご馳走と話したら、海のある県ではそんなものは当り前、今は普段の食べ物になった。しかし、海のない岐阜県の山合いの中津では、魚でも、ぶり、タイ、伊勢海老は最高のごちそうだった。他県より高い価値がある。

Dango五平餅 子供にとっては、ご馳走を家で作るのは、大きなイベントだから、はしゃいでしまう。餅つきも、ウチの田舎独特の五平餅つくるときもそうだった。

飯のご馳走より肉を食いたいと思っていた。地元育ちでない新しい母になってからは、伝統が変ってしまった。その前は、からすみをつくる木型が家にあって、よく作ってくれた。

25d0537fからすみの作り方 味をつけた米の粉を練って、紅で色つけして、木型に数本を蒸篭にいれて、下の釜の湯気で数時間蒸す。出来上がり、木型がからポンと外してくれるときが楽しみだった。餅つきの蒸し器も同じだった。

餅つきは、12月28日だった。どこの家も餅つきをするものだと思っていたら、男手がたりなくなって、戦争が始る頃は、どこかに依頼して買ってきたようだ。

私の好きな餅は白。ボロ餅といって、もち米に普通の米を交ぜた餅もあったが、これはあまり人気なかった。あと、中に豆を入れる豆餅もあった。今は見かけないな。豆餅は棒状に伸ばしてそれを切ったから、形が白もちの長方形とは違っていた。そのボロ餅というのは、中津地方だけの特有の倹約、粗食の賜物かもしれない。どこにももち米とうるち米交ぜた「ボロ餅」というのが存在していない。

最後まで読んだついでにクリックにも協力してね!
   ↓   ↓

人気blogランキングへ   nozawa22ブログ順位がわかる

|

« 久米宏から日本人へ | トップページ | 紅白06 秋山雅史/夏川りみがよかった »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 久米宏から日本人へ | トップページ | 紅白06 秋山雅史/夏川りみがよかった »