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2006年8月27日 (日)

日本日記クラブ その後

Prog1411 日本日記クラブ、招待のハガキを貰ったと思ったのは、 退会後のこちらの勝手な思い込みであったかもしれないが、そろそろ出てみたい、そう思う年頃になったのか、秋葉原へ行く用事のついでに「道祖神の招きにとるものもとりあえず」音羽町の高橋書店の2Fへ 

見る人、見る人、知らない人ばかり、こちらはアノ人、○○さんだ、あの人見た顔だが・・・、向うから声掛けてくれたらいいのに、私の顔が変わってしまったんだ、とさびしい気持ちになる。 

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Kif_1422内ぐるりと見て周り、入ると、小谷さんの挨拶だが、印象が違う。この人、小谷さんだったろうか。30年近く離れていると、印象が変わるのは当然だが、以前の小谷さんと印象が違った。「KIF_1412.AVI」をダウンロード 24秒14Mb 声が小さいかも。

流筆担当20年、榎戸克美さん(写真:小谷さんの隣)の講演、いい話を聞かせてもらった。彼の名前、古い名簿にも載っている。北海道で船員だったから知り合いになれなかったのだ。

Kif_1434 創立当初のメンバーである、五十嵐君といってたころの五十嵐さん、彼も岩間ハガキに誘われてきた口だ。学生時代のクレー射撃はまだやっているのか、聞きそびれた。懐かしい人が、そこにも、ここにもいるなら、写真を撮らねばならぬ。(久保田充さんが早々にお帰りになった)

佐々木国恵、小生わらし、五十嵐増太郎、堀董子、加藤千恵子、佐藤君代(敬称略)

Kif_1440 いやいや、35年ぶりの会合は、急に行ったのにも係わらず、以前からの知り合いであるのは、なんと強いことか。遠くの親戚より、コッチのほうが親しみがわく。ビールをこぼして、ゴメンナサイ。懐かしい友であった。

今宵は、楽しかった。お目にかかったメンバー、人生の一幕を終えて、まだまだこれからという勢いがある。

Kif_1441まだ、30歳のとき「若者の最年長」と書かれたが、そのままである。

日記にいろいろも意味があるが、紙で保存からデジタルに切り替える時期にきている。この点、古い人たちは頭の切り替えは利かないかもしれない。

00000_3 小谷会長の努力で41年も継続しているのは、大したものだが、体力の限界というものがある。話では、自宅から駅、駅から目的地はほとんどタクシーでないと行けないとか。来年の総会は、解散総会になるかもしれない。

そこで、創立から10年当時からのメンバー、元気なうちに、ぼけないうちに、OB、OG会をやりたいという話が持ち上がった。でもね、どうするか、今から、声をかけてみるかか、ということで、こんなハガキを作った。該当者の方からのメールをお待ちしています。

きょう出かけたのは、何か虫の知らせであったのか、と今ふっと思っている。

日記クラブでありながら、日記を見せ合うわけでもない。ここが不思議。私は。見せ合って交流する日記という、ブログ(日記形式のホームページ)を勧めている。そのほうが、オープンで本当の姿を理解しあえると思う。新しい時代の方向を示している。紙書く日記には、本心を記録していくよさもあるが、保存が難しいし、クラブとしては核となる日記が秘匿物では、交流しにくい。そんな意見を日記クラブに持つのは、いかがなものでしょうか。日本日記クラブ 参考ページ 00008_32  

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「私の父、私の母」(中央公論)

今読んでいる本「私の父、私の母」(中央公論)ありきたりの企画ではあるが、これは有名人が取り上げられれば、必ず興味がわく。現代の家庭と違って一苦労も二苦労のあった時代の話が多い。

池田理代子、淀川長治、石ノ森章太郎、稲葉真弓、書き出すのが面倒なくらい大勢がかいている。淀川長治さん、語りはおもしろいけれど、文章で見ると、何言っているんだかわからないものになる。有名人の両親の話、実に個性があって興味つきない。

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以下は、三枝和子(かつての婦人公論の編集長)の書いたものだが、ほかの人の書かない話が載っていた。

若くして産後の様子が悪いところに肺炎で、急死した。厳しい接し方をしてきた父が、妻の死に動転して号泣し、そこまでならよくある話であるが、湯潅をして妻の遺体のある部屋に父は入った。娘達には、いいというまでは入らないようにと、泣きはらしたあと小さな声で言った。

長女の和子は、父が心配になって隙間から様子を見ていると、裸にした妻(母)をタオルで拭い、手で優しくなでて、乳房に口をつけて・・・

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2006年8月24日 (木)

日本日記クラブ 8月27日総会

Diaty1 毎年八月は、日本日記クラブ、日記推進の月間と決めている。日記Dayで記念のイベントが行われる。八月の八は、末広がりで縁起がいいということで始まったのだが、もう40周年になる。

会長の小谷さん、「一生続けます」と創立記念セレモニーで宣言して、それを続けているから、たいしたものだ。「その程度の約束破っても大したことではない」と言ってヒンシュクを買った総理とは違い、日記人の魂を見る思いがある。

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このハガキを送ってくれた岩間君も、日記クラブに入って相当年数、縁の下の力持ちとして貢献しているのには、敬服する。

私の日記歴といえるかわからないが、最近のブログを入れたら、50年以上はある。

ブログ日記を書く前は、フロッピー保存日記、それ前はワープロプリント日記、その前は手書き大学ノート(写真、記念品つき)だった。

ブログには、公開する側面があって交流が可能になった。今まで日記クラブの会員であっても、日記を通して内面までの交流が困難であった。日記は非公開を前提のものが公開で書けるというのは、日記にとって革命的である。日記クラブ自身が変わるのではないか、そう思っている。

過去のメンバーの集まりもあってもよい頃である。集まったらたら、ブログ日記を推進する話をしたいと思う。00008_34

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2006年8月22日 (火)

心疲れた方へ 童謡唱歌を紹介

00002_5 「最後の日に何を食べますか」と聞かれることがある。しかし、音楽なら何でしょう。過去を振り返って、子供のころ、こんな歌をきいたなあ、そんな気持ちで静かに心を穏やかにする、そんな時間があってもいい。

自暴自棄になっている心を慰め、一時間、みかんの花さく丘里の秋牧場の朝聞いてみましょう。あるいは、カラオケ代わりに歌うのもいいでしょう。穏やかな心を取り戻せます。静かに 植物に水をやる、自分の心にもほっとする、そんな時間をもってみたいものです。映像詩 -- 故郷

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 人はいつも元気に テンションが高い時ばかりではないのです。病むときも、傷つくときもある。そこから立ち直るには、人それぞれ方法があるでしょう。そういう時のために童謡、唱歌もあります。歌は、振り出しの気持ちにさせてくれる力があります。 好きな歌を一緒に歌ってみましょう。

現在リンクの張りなおし中につきリンクされていない曲があります。

 赤い靴  赤とんぼ 朝はどこから あめふりお月さん

 ありがとう さようなら おぼろ月夜 鐘の鳴る丘

 鯉のぼり  里の秋  シャボン玉 冬の星座

 十五夜お月さん  砂山  せいくらべ 灯台守

 早春賦  たき火  月の砂漠  荒城の月

 月見草の花  どこかで春が  とんぼのめがね

 夏は来ぬ  野菊  花かげ

 花嫁御寮  浜千鳥  浜辺の歌

 ふるさと  冬景色  牧場の朝

 みかんの花咲く丘  紅葉  われは海の子

 故郷の廃家    映像詩 -- 故郷

 二木絋二さんの音楽収集ページからお借りしました。00008_35

   ピアノとオカリナ コンサート 旅先で味わう贅沢 歌声広場   

みかんの花咲く丘」が歌われた頃    早春賦の季節となって 

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2006年8月13日 (日)

真夏のアルバイト 2

真夏のアルバイトは、加藤君に学生会のアルバイト紹介カードを借りて、紹介してもらったから、その一ヶ月は私は「加藤」君になってしまった。
「加藤君!」と呼ばれたら、「はい」と返事をしなければならない。これは、案外むずかしいものである。自分と名前が離れてしまうという気持ち、わからないだろう。ヘンな気分だった。疑われやしないか、と案外小心な気持ちになる。

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アルバイトは、兜町の一角にある株をやる人ならよく知っている「株式新聞」の印刷所だった。二階が編集部で下が印刷所。そこは二台の輪転機がすごい音で回っていた。その中にいるのは、つらいものがあった。最初、昼過ぎに入って、夕方9時ころ出てくると、耳が聞こえないような状態になる。工場内は会話が成り立たないくらいだ。音のレベルは、飛行機の発着時の騒音と同じくらい、80~90フォンくらいあるだろうか。

Rinten11 印刷工の人が主になって印刷機の調子、新聞紙の流れは見ている。新聞紙は50とか、100枚が揃って出てくる。私の仕事は、出てきた「株式新聞」を台の上でトントンとそろえる。最初はうまくいかない。地方別付箋紙に書いてある新聞の枚数を数えて置く。一週間も続ければ、「加藤」君も上手になった。

そのころになると「加藤君」と、呼ばれても違和感がなくなった。原稿が活字で拾われ枠に入れられると、それに圧力かけ紙型になり、鉛を流し込み、鉛版になる。型からはみ出た鉛を削り、そのかまぼこ型の鉛版を輪転機にはめ込む。それが、できると印刷工になる。ベテラン印刷工に気に入られて見せてもらった。

今でも、新聞束をそろえたり、ばーっと広げて数える作業は手馴れている。このバイトは、1ヶ月続いた。

終わりころになると、印刷工が「宗教に関心ある?」と聞く。私は早稲田YMCA(信愛学舎)へ入寮したばかり。宗教に関心なければ、こんな寮には入らないだろう。「宗教はいろいろ知りたいと思っている」というと、待ち合わせて音羽町と椿山荘(目白)の近くで行われる集会へ連れて行かれた。

印刷工の二人は、働いているときは薄汚れた作業服だったのに、仕事を終えると、一気にぱりっと服装を変えサラリーマンふうだった。

山荘みたいな場所は「日蓮正宗妙信講」と看板が出ていた。この妙信講、今で思えば、創価学会ではないが、創価学会が生まれたと同じ兄弟、その一派のようだ。中心になって話しているのは、人を圧するようなしゃべりをする40代の男性(若き日の浅井氏)だった。長髪在家僧だろうか。部屋には40名近くいた人は20代が主だった。(浅井氏の)自信満々で話す姿が、浄土真宗を知る身としては、どうも宗教としては違和感があった。日蓮正宗妙信講は、今「顕正会」となり、急進的な活動をしている。

日蓮からして、日蓮宗は攻撃型で堂々としている。自分達以外、この世に存在は許さないという感じの話し方になる。浄土真宗の「生かしてもらっている」という謙虚さが、総じて日蓮宗系の宗派にはない。

何が来ても負けないような論法、口舌は誰がかかっても叶わない、そんな雰囲気がある。捕まったら、折伏されてしまいそうだった。それ以上付き合っていられないと思った。

その夏は青年が集まって、キャンプがあるとか、行事が盛りだくさんある、そんな話を講話のあと告知していたようだ。しかし、私が呼びとめられて個別に話を聞かれることもないので、出てこられたが、こういう集会は1回体験するだけでいい。そういう印象だった。

アルバイトでは叔母の家を自宅にしていた。叔母の家まで「加藤君」を訪ねて印刷工二人揃ってきたんだそうだ。叔母は「加藤君」はいない、と答えたそうだ。YMCA寮入っていて日蓮宗に折伏されたら、どういう人間と思われるだろうね。昭和36年のことだった。

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2006年8月12日 (土)

真夏のアルバイト1

新宿で電柱にビラ貼りアルバイト。短期だったが、暑いし、大変だった。

夏休みに入ったばかりではあったが、運良く、一つ、新宿でアルバイトがあった。それは、電柱にキャバレー開店のビラを貼る作業だった。真夏の暑いさなかにビラ貼りは厳しい作業であったが、若かったかから、汗は出るが、それほどでもない。

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二人で一組(初対面の相棒)を作って、新宿の街に押し出された。二人一組にされて、これはお互いに協力することと監視する意味もあったかもしれない。

バケツにいっぱいのノリ、そして刷毛、真っ赤なポスターを持たされた。刷毛で電柱にノリを塗り、その上にポスターを張る。ポスターは少し大きめA3サイズの「キャバレー開店」が真っ赤に描いたある。2時間もまじめにやると、疲れる。

ノリがなくなると、キャバレーの裏口に戻って、ノリを補給してもらう。夕方になって、キャバレーも開店準備かな、という時間だった。外は暑いのにこの中は、冷房設備が完璧で機械がうなっていた。当時は冷房なんて庶民の家にはないから、外と内の温度差にびっくり、体が凍ってしまいそうな感じだった。

キャバレーの女の子が二、三人派手なキンキラな衣装でいる。まったく異文化というか、別世界の女の子という感じだった。

Map2 また、少し夕暮れた新宿の街に、またポスター貼りに出た。お互い相棒とも慣れてきて、休憩することにした。少し要領もわかったし、相棒もそうまじめにやっても、という心根が見えてきた。暑いし、だるい。相棒は一級上だったが年は2,3コ上だった。新宿の有名な花園神社の近くへ来て、「休もう」と誘う。花園神社がここにあるのを知っていて、こっちに来たようだった。

Thanaop02 境内の暖まった石段に腰を下ろし、おしゃべりをした。相棒は、サボることには、なれている感じがした。相棒が、女の子の話をし始めた。知り合った子が、日焼けがすごく、真っ黒だったという。日焼けサロンなんかない頃だよ。彼はその黒さに驚いて、私にナゾナゾのつもりで「どうして、黒かったと思う?」と聞いた。

私には、分かるはずもなかったから、もともと黒い肌の人という意味で「シンクロ(芯黒)だからだろ」というと、「よくわかったね。そうシンクロやっているんだ」シイクロナイズドスイミングの強化選手だ、という。ずばり当たったというより、外れているんだけど、彼は私が当てたと思っていた。当時シンクロは、小谷実加子も出るずーっと前だから、全然メジャーじゃあなかった。

話が盛り上がっていると、おまわりさんが巡回できていた。「ノリはずいぶん減っているね。だいぶ貼ったみたいだね」とやんわり聞かれた。私はアルバイトで違法な仕事をさせられているとは気付いていなかった。警官に聞かれたから「電柱にビラ貼りました」と、罪の意識はなかった。

相棒は違法行為をやったとは、認めないでいた。都会で育ったからか、性格か、自分が罰せられることを恐れているようだった。現行犯でないと捕まらないと知っているのか、ムリな弁解を展開していた。

おまわりさん、私が白状しているから、彼が一緒に電柱にビラ貼っているのは分かっている。相棒は「ビラとノリを持っていたが、貼ってはいない」と、弁解し強硬に否定し続けていた。無理があると思ったが、コレだけ否定するとやっていないことになる?

「私も君らくらいの息子がいるから、アルバイトで稼がなければならない事情はわかっている」と警察官は強硬な相棒に角度を変えた話を持ちだした。それでも、相棒はビラは貼らなかったと突っぱねた。この強さは私には理解できなかった。相棒は、相当特異キャラクター、強硬な生き方をしてきたのか。彼の裏側を見た感じがした。

新宿を縄張りとしているヤクザにはアイサツはしてあるから、とアルバイトの初めに聞いたような気がする。

それから、どうしたんだろう。警察につれて行かれた記憶はない。警察がキャバレーに申し入れして、ビラ貼り禁止された。そこで、このアルバイトはお仕舞いだった。昭和35年

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