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2006年7月 9日 (日)

佐倉連隊にみる戦争の時代 

Sakurae2佐倉連隊にみる戦争の時代歴史博物館の特別展覧会へ出かけた。歴史博物館は佐倉城址にある。ここに旧陸軍の(陸軍歩兵連隊)佐倉連隊があった。

靖国神社の就遊館の展示と似ているが、あれほどの大東亜戦争賛美や日本の正義は主張していない。

従軍日記や生き残った軍人の録画、それらには殺し合いの話が満載、故郷に残した娘に惜別の情溢れた軍事郵便。戦争には、多種な事柄、側面がある、と説明。

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テポドンが飛んでくるような、戦闘の場面になれば、戦うのは当然だし、勝利を求めて犠牲もある。そういうのが戦争である。しかし、戦争は、戦闘だけではない。このことを理解していない人が多いのが気になる。

Sakurae1_1写真は、近衛連隊が佐倉連隊に移ってきたときの様子。迎える兵と比べると、自信にあふれた印象がある。近衛兵は体格がいいものが採用される。近衛兵になると、郷土の誉れと思われたらしい。

憲法9条の擁護をいいながら、戦争をしなければならない時がある。そういう複雑な論理も存在するんだから、どれを支持していいのか、わからなくなる。

内務班の現実、リンチの事実、一方田舎にはないとんかつの食事、それらを総合して、軍隊や訓練はイヤがけど、一生の友ができたり、楽しい思い出ができる。そういう軍隊生活、懐かしがる人もいる。それが連隊写真展の歴史的事実をずらっと見た。

映画「真空地帯」を佐倉に兵舎が残っていたときに、ロケを行ったそうだ。山本薩夫監督が、日本軍隊生活の非人間性をリアルに描き出した作品。出演は木村功 / 下元勉 / 三島雅夫 / 金子信雄 / 花沢徳衛  http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/VIDEO-sinkutitail.html

ロケの後、兵舎の歴史的価値がわからないまま取り壊されたという話で、学芸員もそれを惜しがっていた。案外、こういうコトはわからないものだ。

Sensi0788 佐倉連隊は、最後、グアムやフィリピン・レイテで壊滅した。戊辰戦争、日清・日露、第一次世界大戦、第二次世界大戦を含めて、戦死者57000人。第二次世界大戦では52000人。死者一人に負傷者はその3倍から5倍はいる。戦争とは、そういうものだ。

表の通り、最後、ほとんどがグアムやレイテでの戦闘で殺されたんだ。アメリカとの無茶な戦いをさせた為政者、どちに批判の矢を向けるか、だ。

Red0792 「赤紙」を展示してある前で、杖をついているおじいさんに、「これが赤紙ですか」というと、その人「赤紙を見たことないですか」と、逆に驚かれてしまった。赤紙、当然知っているものというのがその人の常識だった。私が本物を見ているはずがない。

赤紙は、往復はがきのサイズの用紙、それが一銭五厘、というから郵便だと思ったら、役場の人が持ってくるんだと。

おじいさんは、二十歳で徴兵されて山東省から上海に上陸した。内陸に行く。相手は、「国民軍?」「八路軍、ゲリラだった」という。こちらが下がれば、向こうが出てきて、こちらが追いかけると逃げる。そんな戦いだったという。

お爺さん、昔一番元気だったころに戦争漬けだったわけだ。5年間、大陸で戦争の最後のころ戦ったのだろう。今は脚が弱くなって、と一人この連隊展を見にきていた。多分59連隊で出征したのだと思う。

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