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2006年7月14日 (金)

歌声広場

http://www.fk.urban.ne.jp/home/kazuaki3/utagoe-top.htm

Utagoe 「どこか遠くへ行きたい」で検索したら、音楽歌声が流れてきた。たくさんの歌がメロディーだけだが、いつでも聞ける。これはありがたいページである。

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なぜ音楽が一番直接的に人の心に訴えるのか、これが不思議だ。

昭和30年代、新宿の歌舞伎町周辺にコマ劇場があり、音楽喫茶、ウエスタンの音楽を演奏するところが多くあった。

Sinjyukuten_04012400063 そのころ、灯火、カチューシャとか、歌声喫茶に人気があった。学生を中心にして満席だった。ワンフロアーだけでなく、山小屋のような木造の店で、今だったら消防署が許可しないだろう。三階まで暗くて入り組んだ店で、足元がよく見えない。それでも店一杯に人が入っていた。上條恒彦は、歌声喫茶の司会者出身。

Kamijo_ph_1 今の灯火(ともしび)は昔と似てはいるが、ロシア民謡はやっていなさそう。http://www.tomoshibi.co.jp/utagoe/request.htm

土曜日、日曜日に行ったから、そうだったのかもしれないが、むんむんした人いきれの中で、アコーデオンの演奏があって、ロシア民謡なんかを歌っていた。

最初、寮の中で、歌好きの仲間が行ってきて、歌うんだね。「しゃれこうべは、ラララ言うことには、大砲の弾に・・・」歌詞カードは一軒で5,6冊あって、「月曜日に市場に買い物に行って、火曜日に・・。」とか。歌詞カードの本は小型で黄色い表紙だった。

歌声で巻き込まれて、歌声喫茶のフアンになって、次の土曜日にグループで新宿に出かけた。

リクエストに応えて、アコーデオンを弾く司会者が、なれた調子で指揮して、全員で一つのロシア民謡を歌うのは、言い知れぬ一体感があった。一階から三階までワーンと響き、道の外にまで聞こえる。それは、新宿にあのあたりは歌声喫茶の世界だった。元気よくリクエストすると、「前へ出て歌いませんか」と司会者に誘われる。自信があればね、前へ出るのだが、いつも遠慮していた。案外遠慮だと思ってしつこく言われるが、どうしても出られなかった。そんな思い出がある。

なぜ、歌声喫茶は数年で衰退していったのか、時代なのか。あの原因は、なんだったろうか。

まだ、大きな潮流ではないが、全国には奇特な人がいて、歌声広場を残している。http://utagoekissa.web.infoseek.co.jp/UtagoeMap.html 細かい情報が載っている。

紹介されている店「歌声広場」へ、ふらっと行ってみると、いいかもしれない。青春のひとときが取り戻せたら、もうけもの。00008_14_5

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