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2006年5月 7日 (日)

本町界隈 中津川市

Honmachi3467_2Honmachi3470写真は本町    本町二丁目は、曾我宅(旧肥田庄屋)前から十一屋(昔の宿屋)までの範囲が、子供だった私たちのエリアだった。

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曾我さま(旧肥田庄屋)(「さま」と呼んだ)の家の中は共同炊事場があって、長屋ではないが何所帯か住んでいた。(曾我家と肥田家との関係は不明) 曾我家は本町のかなり地域の地主であった。

Niwa3469 (左写真、肥田庄屋の庭中)本町の左側、曾我家の隣は林さん。その隣が西陶園、小道をはさんで大鋸酒店、佐々木、可知、吉田、内木(昭和27頃まで小栗)、内木、近藤(昭和27頃まで松村)、田口(十一屋、安保郁夫先生が下宿していた

向かい側の本町は、工藤下駄屋、成瀬(店子:安藤ラジオ/鳥十)、駄菓子屋、則武、加藤ポンプ(店子:西尾パン屋)、小池魚店(魚常)、渡辺サンセイ舎、岩田歯科院、(蔵前町への道)、鷲見、野沢江戸時代、馬宿、恵那精麦、川が流れている。

Child3464 子供時代の遊び場は、大鋸酒店と西陶園の間を入った細道にあった。裏の畑があり、遊ぶ場所があった。そこには、西陶園の池の周りを抜けて、林さんの裏へ出て畑に行く道があった。

西陶園の池の周りは私有地だから、子供が出入りするのは迷惑だった。そこで、扉をつけて通れなくした。ケチだと思ったが、昭和28年にはもう裏の畑には行けなくなった。

Child3461竪清水町のカネケの横細道から入って行くと、60年前と全く同じで、左側に長屋がある。ここに松本兼好君が住んでいた。

 長屋の中央に通り抜ける空間(写真)がある。他人の家をとおり抜ける感じだが、そこを抜けると大山文具店裏の駐車場と合流する。

 そこから、代田さん宅裏と林家裏が一緒になった所が駐車場のフェンスの出入り口になる。

Child3465そこから、昔の小道を写真に撮った。子供の頃に閉鎖されて以来、裏の畑の変化を知らないで過ぎた。50年ぶりにその道を見た。

ここに茶畑があって、この石垣のすき間に宝を隠したら、大鋸君の弟のトモくんに見つけられて、取られてしまった思い出がある。そんな記憶を辿ったが、地形がかなり変った。

Diary52529_1 昭和26年5月、ここの石垣に宝物を隠したという証拠の記録が出てきた。

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