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2006年3月 7日 (火)

雑談、ムダ話の効用

PhotoPhoto_2 堺正章、井上順が、GSスパイダースとしてではなく、二人だけの全国コンサートをする計画をしているとかで、朝3時まで相談していたそうだ。ところが、30分の打合せ、のこり3時間はムダ話していたそうだ。そこを小堺が「ムダの中に真実がある」とフォローした。

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授業中に雑談する先生が、昔は多かった。だからか、私はムダ話が大好きだ。ムダ話をしない人は友達になりにくい。人生の楽しみはムダ話ではないかな。勉強一本でまっすぐ来た秀才のもろさをよく見るが、やはりムダ半分以上はほしい。クラス内で成績トップを走るより10番くらいで、自分の好きなことをやっているような、マイペースで歩くほうが安全、健全な成長をするような、気がしますね。

今は、余計な話をすると、授業の邪魔と嫌われる。授業が遅れると言われる。無駄話は、子供には興味があるが、世知辛い世の中になったものだ。

gifusengo_2_20_2 武典先生の奥様近藤愛子先生 ムダ話は、そのとき一番言いたいことだから、新鮮だし、話す人の一番気になっていることだから、聞く人に訴える。聞く側の心に残る。

私が小学校4年生だった時の担任近藤武典先生は、よく雑談をした。自分の意見をはっきりいうタイプで、親達にはアカという人もいた。子供には人気があった。今も夫人の近藤愛子先生ご健在で活躍されている。写真は近藤愛子先生

今思い出せる話では、教科書に載っていることも批判していた。国語の教科書載っていた文章で。落とした物を女神が返してくれた話で、一人だけを幸せにするのは間違っている。全員に幸せを与えなければおかしい。そのときは聞いていても分からなくても、大人になってから、ははん、とうなずけることがある。

太陽の缶詰という話をよくしていた。太陽の缶詰は、原子力を意識して話していたのだろうが、それを一個部屋に置いてあれば、明るいし、暖かいんだ。それ一個で何年ももつ。石油はあと数十年でなくなる。石油は枯渇するはずだという意識が、私にはいまだにある。他の先生からは、この種の話は聞いたことがない。

無着先生の「綴り方教室」が全国に広がった時代で、近藤先生も綴り方運動で活躍した。その時は担任が近藤先生ではなかったので、作文を書くチャンスはなかったが。高校生になったとき、そのA君と連れ立って、駒場の先生宅へ行った。A君は「生活綴り方」では先生の愛弟子ともいうべき存在だった。

そのときも、先生は、革命で新しい中国ができたこと、農民プロレタリアートが地主階級に勝ったことを熱く語っていた。学校ではないから、自分の信念を語っていたのだろう。

パールバックの「大地」をA君が中3で読んでいて、私もこの本を図書館で借りた。これも近藤先生の勧めによると彼は言っていた。案外先輩の勧めで読書を続けると、回り道をしないでいい本が読めるという利点がある。間違わなければ。

綴り方教育では、南校は近藤先生、東校は石田先生、影響を一番もろに受けた学年は我々だろう。近藤先生にはA君、石田先生にはK君。二人とも、左翼思想が根底に入ってしまったと思われる。思想と人生の方向で葛藤があったと思う。無着先生の作文教育は、一体どう決着したのか、不思議な教育だった。

5年生の新田平八先生もよく雑談をする先生だった。平八先生については別のところで書いたので省略する。そうだ、昨年暮に新田先生は亡くなられたそうだ。ご冥福を祈ります。

女の先生は雑談をしないことが多い。3年生のときだったと思うが、私達より1級下に先生の息子がいた。その子の自慢して、「あなた達も、もっと勉強しなさい」と発破を掛けた。あれはいくら相手が小さくても頂けなかった。そういうことは覚えているものだ。男先生は気ままに授業中に話始めると、一時間の半分以上雑談ということさえあった。

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