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2006年1月 3日 (火)

山田風太郎日記 昭和20年2月

FutaroDiary1_2 山田風太郎、22歳、昭和20年2月の日記。批判力はあったものの、彼自身、軍国教育で育っているから、その言うところが皇国日本への批判は存在しない。が、それが米国の物量攻撃にさらされて、疑問を持ち始める。それが、昭和20年のこの頃からだ。

○われらは死なん。死を恐れず。しかも日本の滅ぶるは耐えがたし。白日の下悵然として首を垂れ、夜半独り黙然として思は、ただ祖国の運命なり。自らの死生如何にあらず。死ねばよしでは済まさざるなり。武士道は死ぬことと見つけたり、後は結果としてみれば・・・・されど、渦中にありては、おのれの死生ごとき小事は、みずからの心を安んずる信念の楔クサビとしては足らざるなり。

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○運送人夫は半時間のリヤカーに三十円とる。運ばれたる砂糖一貫目は千円にて売らる。買いたる人はさらにこの砂糖を以って暴利をむさぼらんとす。途方もなき値で肥料を求めたる百姓は途方もなき値で米を売る。ばかばかしき闇値で材料を仕入れた工場はばかばかしき闇値で製品を売る。かくして物価は鰻上りに上がり、貨幣価値は腹下りに下がる。みずからあえぎ、みずからもだえつつ、国民はみずから如何ともする能わず。

このあとに、提灯屋が提灯を大量生産している噂話で、きっと戦勝記念の行列のためという。いや、そうじゃない。あれは懐中電灯が不足しているから、その代わりに提灯を使わせるためだという。面白い話。

Diary2 銭湯のお湯の汚さの解説も面白かった。これは、地面をはいつくばって仕事をする人が多くて、汚い体を洗いにくるからだとか、履物はいちばんひどい物を履いていかないと盗まれる。泥湯でも入らないと体が温まらないから行くのだとか。あまり銭湯の悪口を書いた次の日、風太郎はメリヤスシャツを着て行ったら、そのシャツを盗まれてしまった。

比島戦(レイテ・ルソン)の戦いは昨年昭和19年末から始まり、日本は「日米戦の天王山」と称していたが、いつのまにか論調が変わって、「比島一都邑トユウの得失は二の次なり」「否、比島そのものの問題外なり。日本の欲するは米軍の大出血なりと調子を一変」というように、マスコミ論調も変わった。と、この風太郎の日記で紹介されている。

○今に及んでなお比島戦の目的は敵の出血などそらぞらしきことに、この危局に注げる国民の眼を転じせしめんとす。戦場に敵の出血を求めざるものありや。ガダルカナル以来サイパンに至るまで恐るべき後退を示しつつ、なお国民の真の奮起を喚起し得ざしもの、一に政府・・・指導にもとづく。

すでに・・・道ふさがれし土壇場に到りて、初めて真相を打ち明けたれば、時遅し、国民の憤激は敵に向わずして指導者に向う虞れなしとせざるを知るや否や。

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